江戸時代の面影が残る古い町並みや、春と秋の高山祭で知られる岐阜県高山市。豊かな自然に囲まれたこの町は、日本を代表する家具の産地のひとつとしても知られています。奈良時代から続く木工の技術は「飛騨匠」と呼ばれ、長い年月をかけて受け継がれてきました。
そんな飛騨高山で、未来の家具職人を目指す若者たちが作った木製家具が、この春、市役所を訪れる人たちのために贈られました。制作したのは、家具づくりを専門に学ぶ「岐阜県立木工芸術スクール」の卒業生たち。1年間の学びの集大成として生まれたベンチや椅子には、「市役所を明るくしたい」「訪れた人に気持ちよく使ってほしい」という思いが込められています。
飛騨の木工文化を受け継ぐ若い世代の技術と感性が、地域の公共空間に新しい彩りを添える――。ものづくりの町として知られる飛騨高山の魅力を、あらためて感じさせてくれる出来事です。
奈良時代から続く「飛騨匠」 万葉集にも詠まれた職人の誇り

飛騨高山の木工文化を語るうえで欠かせないのが、「飛騨匠(ひだのたくみ)」と呼ばれる職人たちの存在です。飛騨の地では古くから木工技術が発展し、その技は奈良時代までさかのぼるといわれています。
当時、飛騨の職人たちは優れた技術を持つ木工の専門家として都へ呼ばれ、寺社建築などの重要な仕事を担っていました。飛騨の豊かな森林で育った木材と、自然と向き合いながら培われた感性が合わさり、精緻で美しい木工技術が生まれていったのです。こうした歴史を背景に、飛騨の職人たちは「飛騨匠」と称され、日本の木工文化を代表する存在として知られるようになりました。
その技術の高さは、古くから文学の中でも語られています。万葉集には、飛騨の職人が打つ墨縄の直線の美しさを称えた歌が残されています。
『かにかくに ものは思はじ 飛騨人の 打つ墨縄の ただ一道に』
あれこれ迷うことなく、ただ一筋の道を進む――。飛騨の職人が打つ墨縄の真っすぐな線にたとえて、その姿勢を表した歌だといわれています。
長い歴史の中で受け継がれてきた飛騨匠の精神は、今もこの町のものづくりの根底に息づいています。そして、その技術や想いを次の世代へとつないでいく場のひとつが、飛騨高山にある木工の学校なのです。
未来の家具職人を育てる「岐阜県立木工芸術スクール」

飛騨匠の技を次の世代へと受け継いでいくための学びの場として知られているのが、岐阜県高山市にある「岐阜県立木工芸術スクール」です。家具づくりの技術を専門的に学べる学校として、全国から家具職人を目指す人が集まっています。
この学校の歴史は、昭和21年に開所した「高山建具工補導所」までさかのぼります。以来およそ80年にわたり、飛騨高山の木工文化を支える人材を育ててきました。入学した生徒たちは、1年間という限られた時間の中で家具製造の技術を集中的に学び、木材の扱い方から加工、仕上げに至るまで、実践的な技術を身につけていきます。
指導にあたるのは、経験豊富な専任スタッフに加え、家具業界で高い評価を受ける職人たちです。家具業界初の「現代の名工」に認定された職人や、40年以上の経験を持つ曲げ木職人、個人工房で活躍する作家など、飛騨の木工業界を代表する技術者たちが講師として参加しています。第一線で活躍する職人から直接学べることは、この学校の大きな魅力のひとつといえるでしょう。
こうした環境の中で学んだ生徒たちは、それぞれが家具職人としての道を歩み始めます。今回、高山市役所へ寄贈された家具も、そうした学びの成果として生まれた作品のひとつです。飛騨匠の伝統を受け継ぐ若い職人たちが、地域の公共空間のために家具を制作したことは、飛騨高山のものづくり文化が今も確かに息づいていることを感じさせてくれます。
市役所を訪れる人を思って作られた家具

今回、高山市役所に寄贈されたのは、ベンチ5台と椅子3脚の計8点の木製家具です。いずれも、岐阜県立木工芸術スクールの卒業生が制作した作品で、市役所の1階ロビーで実際に利用される家具として設置されました。
作品づくりにあたって生徒たちが思い描いたのは、「市役所を訪れる人たちが気持ちよく過ごせる空間」です。高齢の方でも立ち上がりやすい高さや形状を意識したり、ロビーの雰囲気が明るくなるようなデザインを取り入れたりと、使う人の姿を想像しながら制作が進められました。また、座るだけでなく、見て楽しめる家具になるよう工夫が凝らされている点も特徴です。
3月11日に行われた贈呈式では、生徒たちが自ら制作した家具について説明を行い、市長に作品の特徴や思いを伝えました。家具づくりの技術だけでなく、使う人への配慮や空間との調和まで考えて作られた作品は、市役所のロビーに新しい彩りを添えています。
飛騨高山は、日本でも有数の家具の産地として知られています。今回の家具寄贈は、そうしたものづくりの町の魅力を、日常の中で感じてもらうきっかけにもなりそうです。市役所を訪れる多くの人たちが、この家具に触れながら、飛騨高山の木工文化の豊かさをあらためて感じることになるかもしれません。
地域の中で生きる学生たちの家具
岐阜県立木工芸術スクールの学生たちが制作した家具は、今回の市役所ロビーだけでなく、これまでも市内のさまざまな場所で活用されてきました。地域の公共施設や交流拠点などに設置され、訪れる人たちの日常の中で使われています。
こうした取り組みが始まったきっかけのひとつは、令和2年度の出来事でした。当時は新型コロナウイルスの影響により、例年行われていた卒業作品展が開催できなくなりました。そこで、作品を地域の中で活用してもらえないかという提案が生まれ、高山市との連携が始まったといいます。
その後、学生たちの家具や作品は、若者等活動事務所「村半」や「飛騨高山まちの博物館」など、市内のさまざまな施設に寄贈されてきました。さらに、飛騨高山にぎわい交流館「大政」や市役所のこども未来部窓口などにも作品が設置され、地域の人たちに日常的に利用されています。
学生たちが学びの中で生み出した家具が、学校の中だけでなく町の中で使われているという点も、この取り組みの大きな特徴です。家具は、使われてこそ価値が生まれるもの。地域の人たちが実際に座り、触れ、日々の暮らしの中で使うことで、作品は新しい役割を持ち始めます。
今回、市役所に設置された家具もまた、そうした流れの中で生まれたものです。飛騨高山の町の中で、学生たちの作品が静かに人々の暮らしを支えている――。そんな風景は、この町が持つものづくり文化の奥深さを感じさせてくれます。
飛騨高山の町に息づく、ものづくりの文化
飛騨高山は、日本でも有数の家具の産地として知られる町です。長い歴史の中で受け継がれてきた木工技術は、寺社建築を支えた「飛騨匠」の伝統から始まり、現在では家具や工芸品などさまざまな形で受け継がれています。
市内では、国指定の伝統的工芸品である「一位一刀彫」や「飛騨春慶」をはじめ、数多くのクラフト作家や木工職人が活動しています。こうした文化は、職人だけでなく、町全体の風景や暮らしの中にも自然と溶け込んでいます。今回のように学生たちの家具が公共施設で使われる取り組みも、そうした町の文化を象徴するもののひとつといえるでしょう。
家具は、単に座るための道具ではなく、人の時間や空間に寄り添う存在でもあります。市役所を訪れた人がふと腰を掛けたベンチが、未来の家具職人たちの手によって作られたものだと知ったとき、飛騨高山のものづくり文化を少し身近に感じるかもしれません。
伝統の技を学び、地域の中で作品を生み出す若い世代の存在は、飛騨高山のものづくり文化の未来を支える大切な力です。町の中で静かに使われていく家具のひとつひとつが、次の時代へと受け継がれていく飛騨匠の精神を物語っているのかもしれません。
高山市 概要
岐阜県高山市は、飛騨山脈(北アルプス)に代表される雄大な自然に囲まれた町です。江戸時代の面影を残す古い町並が広がるほか、ユネスコ無形文化遺産にも登録されている春と秋の高山祭など、歴史と伝統文化が今も色濃く息づいています。
市の面積は約2177.6平方キロメートルと東京都とほぼ同じ広さを持ち、日本で最も面積の大きい市としても知られています。市内には飛騨高山温泉や奥飛騨温泉郷といった温泉地が点在しているほか、飛騨牛や地酒などの食文化でも知られています。









