がんの早期発見につながる大切な検診。しかし、仕事が忙しくて時間が取れなかったり、病院へ足を運ぶ機会がなかったりと、受診したくてもなかなか行けない人もいるのではないでしょうか。そんな課題に対し、マレーシアでは職場でがん検診を受けられる仕組みづくりが進められています。
2026年9月28日、マレーシアのクチンで開催された国際がん予防会議「APOCP 2026」で、一般社団法人アジアがんフォーラムがワークショップを開催しました。会議では、約30日間で約8,000人が職場でがん検診を受けた事例をはじめ、がん予防の新たな取り組みが紹介されました。
さらに、がん予防が社会にもたらす価値や、治療を終えた人の職場復帰を支える活動なども議論されました。健康を守るための取り組みは、どのように人々の暮らしにつながっているのでしょうか。今回の会議で共有された実践例を紹介します。
約8,000人が受診 職場で受けられるがん検診の取り組み

働く人が無理なくがん検診を受けられる環境をつくるため、さまざまな工夫が進められています。その一つが、アジアがんフォーラム(ACF)とマレーシア対がん協会(NCSM)が進める「BEAUTY & Health」です。
この活動は、美容院や理髪店など、人々にとって身近な場所でがんに関する知識を伝え、検診や医療につながる機会をつくることから始まりました。その後、都市部では職場でのつながりが重要であることに着目し、職場で検診を受けられる「BEAUTY at Work」へと活動を広げています。
特徴は、働く人の生活に合わせて検診の機会を設けていることです。交代勤務の切り替わりや夜間にも検診を実施することで、仕事を休みにくい人でも受診しやすい環境を整えています。マレーシアの大規模な製造拠点では、約30日間で約8,000人が検診を受けたという実績も報告されました。
また、住友商事グループのPMCareも、企業の人事部門と連携した健康相談や運動支援などを進めています。病院で検診を待つだけでなく、働く人が普段過ごす場所に健康を守る機会を届ける。そんな新しいアプローチが、がん予防の可能性を広げています。
がん予防への投資が生む価値とは?1ドルで約4.6ドルの試算も

がんの予防や早期発見は、一人ひとりの健康を守るだけでなく、社会全体にも大きな影響を与えます。病気による仕事への影響や医療費の負担など、健康に関する問題は私たちの暮らしとも深く関わっています。今回のワークショップでは、こうしたがん予防の価値を数字で示す取り組みも紹介されました。
アステラス製薬が紹介したのは、がん予防活動によって社会にどれほどの価値が生まれるのかを分析する評価モデルです。大腸がんを対象に、100万人へ情報が届くことを前提として試算したところ、投資した1米ドルに対して約4.6米ドルの社会的価値が生まれるという結果が示されました。
ただし、この数字は実際に得られた成果ではなく、一定の条件に基づいて算出された推計値です。今後、活動を通じて得られるデータを蓄積し、検証や改善を重ねていくことが予定されています。 また、アステラス製薬は、「BEAUTY」プログラムの運営団体に計1億5,000万円を拠出したことも説明しました。マレーシアで100万人を超える人々にがん予防の情報を届けることを目指しています。検診を受けた人数だけでなく、その先の健康や暮らしにどのような変化が生まれるのか。予防の効果を幅広い視点から捉える試みとして注目されます。
がん経験者の社会復帰を支える 仕事や暮らしを取り戻すための取り組み

がんへの対策は、予防や早期発見だけではありません。治療を終えた後、どのように日常生活や仕事に戻っていくのかも大切な課題です。今回のワークショップでは、がんを経験した人が再び社会で活躍できるよう、企業や公的機関が連携して進める支援活動も紹介されました。
その一つが、CYBERDYNEの装着型サイボーグ「HAL」を活用したリハビリテーションです。マレーシア社会保障機構(PERKESO)の施設に導入されており、身体機能の回復を仕事への復帰につなげる取り組みが進められています。また、以前と同じ仕事に戻ることが難しい場合には、別の仕事への就職や自営業など、新たな働き方を選べるよう支援しています。
さらに、ヤクルトとPERKESOが協力し、がんの治療を終えた人がヤクルトレディとして働くことを支える活動も行われています。商品の訪問・配達を通じて収入を得るだけでなく、地域の人々との交流や社会とのつながりを持てることも、この取り組みの特徴です。
病気から回復することと、以前のような暮らしを取り戻すことは、必ずしも同じではありません。身体の回復を助ける技術と、一人ひとりに合った働き方を支える仕組み。その両方を通じて、がん経験者の社会復帰を後押しする活動が広がっています。
東京大学の学生も参加 がん予防の未来を考える学びと実践

がん予防を社会に広めるためには、医療の知識だけでなく、人々の暮らしや働き方、地域ごとの文化を理解することも欠かせません。アジアがんフォーラムでは、マレーシアでの実践活動と東京大学での教育を結びつけ、さまざまな視点からがん対策を考える取り組みを進めています。
その中心となっているのが、2011年に始まった東京大学の講義「アジアでがんを生き延びる」です。授業にはマレーシア対がん協会(NCSM)などの実務家も参加し、現地での経験を学生たちに伝えています。学生たちは医学だけでなく、社会や経済、文化などの幅広い分野から、がんを取り巻く課題について学んでいます。
2026年度の春夏学期には、学生たちが「予防の社会的価値」をテーマに、政策への提案をまとめた文書を作成しました。検診を受けるために仕事を休めるのか、治療後に元の生活へ戻れるのかといった身近な問題も取り上げられ、今回の国際会議での議論にも反映されています。
また、会議で共有された現地の取り組みや課題は、東京大学の秋冬学期の講義にも持ち帰られます。教室で学んだことを実際の社会問題と結びつけ、現場で得られた経験を再び教育に生かす。こうした学びと実践の積み重ねも、がん予防をより身近なものにしていくための大切な一歩といえそうです。
がん予防をもっと身近に 企業や大学が連携する今後の展望
今回のワークショップでは、職場でのがん検診から治療後の社会復帰まで、さまざまな取り組みが紹介されました。なかでも、約30日間で約8,000人が検診を受けたマレーシアの事例は、働く人の生活に合わせて受診の機会を設けることの大切さを示しています。
今後は、企業や病院、大学、地域の連携をさらに広げる「BEAUTY Plus」という構想も進められています。アジアがんフォーラムでは、これまでの活動で得られた経験や大学での研究・教育を生かし、がん予防の価値を明らかにしながら、継続的に取り組める仕組みづくりを目指しています。
がん検診を受けやすい環境を整えることはもちろん、治療後も安心して暮らし、働ける社会をつくることも大切です。日本を含むアジア各国で、こうした取り組みがどのように広がっていくのか、今後の展開にも注目したいところです。









