体験から文化をつなぐ 大江町和紙伝承館が取り組む次世代への継承

展示ケースの中にある文化は、知識としては残っても、日常からは少し遠い存在になりがちです。
一方で、自分の手を動かし、触れて、形にする体験は、不思議と記憶に残ります。

京都府福知山市大江町にある大江町和紙伝承館では、いま、そんな「体験の力」を通じて、地域に受け継がれてきた和紙文化を次の世代へつなごうとする取り組みが進められています。
長年、展示を中心に伝えてきた施設が、あらためて向き合ったのは、「誰に、どうやって伝えるか」という問いでした。

その答えとして選ばれたのが、専門知識がなくても参加できる紙漉き体験や、若い世代と一緒に考える場づくりです。
伝統を守ることと、開くこと。その両立を目指す姿勢は、地域文化のこれからを考えるうえで、ひとつのヒントを与えてくれます。

なぜ今、和紙伝承館は変わろうとしているのか

丹後二俣紙は、江戸時代から受け継がれてきた、地域を代表する和紙です。
原料の栽培から紙漉きまでを手作業で行う昔ながらの製法は、京都府の無形文化財にも指定され、寺社仏閣の修復や海外の美術館の資料修復などにも使われてきました。

こうした貴重な文化を伝える拠点として、1994年に開館したのが大江町和紙伝承館です。
長年にわたり和紙の歴史や技術を紹介してきた一方で、展示が中心だったため、「実際に体験できる機会が少ない」「若い世代との接点が限られている」といった課題も抱えていました。

文化として守るだけではなく、日常の中で触れてもらうにはどうすればよいのか。
そんな問いに向き合った結果、福知山市は、和紙を「見るもの」から「体験するもの」へと位置づけ直しました。
体験型観光の可能性に目を向け、和紙伝承館そのものの在り方を見直す動きが、ここから始まりました。

「誰でもできる」から広がった、和紙との距離

和紙づくりというと、どこか専門的で、限られた人だけが関われるものという印象を持つ人も少なくありません。
大江町和紙伝承館でも、これまでは和紙職人が講師を務める本格的な紙漉き体験が中心で、参加条件や人数に一定のハードルがありました。

そこで今回のプロジェクトで大きな転換点となったのが、「誰でも、少人数でも体験できる紙漉き体験」の導入です。
この取り組みでは、福知山市の職員が和紙職人から直接技術指導を受け、紙漉きの指導役を担えるようになりました。
職人の技を尊重しながらも、体験の間口を広げることで、これまで届かなかった層にも和紙に触れる機会が生まれています。

この変化によって、体験は「特別なイベント」から「気軽に参加できる体験」へと性質を変えました。
1人からでも参加できるようになったことで、観光で訪れた人や、地域の人がふらりと立ち寄ることも可能になり、和紙との距離はぐっと近づいています。

結果として、紙漉き体験者の数は大きく伸び、すでに前年度の約4倍に達しました。
数字の変化は、単に参加者が増えたというだけでなく、「体験したい」「自分で作ってみたい」と感じる人が確実に増えていることを示しています。

この取り組みが印象的なのは、伝統文化を守る立場にある行政自らが、担い手の一部になっている点です。
職人だけに任せるのではなく、市職員も学び、伝え手として関わることで、文化を支える土台そのものを広げようとしています。
和紙を「遠い存在」にしないための、地道ですが確かな一歩と言えるでしょう。

体験が、人をつなぎ、地域へと広がっていく

紙漉き体験の間口が広がったことで、和紙伝承館の取り組みは、館内だけにとどまらず、少しずつ外へと広がり始めました。
象徴的なのが、体験型イベントや、大学・高校との連携です。

夏休み期間に行われた手漉き和紙体験では、予約不要で参加できる仕組みが用意され、小中学生や保護者が多く訪れました。
短期間の開催でありながら、年間の体験者数を上回る参加があったことは、「体験してみたい」と感じる潜在的なニーズの大きさを物語っています。

また、和紙を使ったクラフト体験や、展示説明文のリニューアルなども進められました。
展示は30年ぶりに見直され、工程が分かりやすく整理されただけでなく、英語表記や動画案内も加えられています。
和紙をよく知る人だけでなく、初めて訪れる人や海外からの来館者にも伝わる工夫が重ねられています。

こうした動きと並行して、若い世代との関わりも生まれています。
たとえば、京都工芸繊維大学の学生は、和紙伝承館の活性化をテーマにした授業を通じて、新たな商品や見せ方を考えました。
授業が終わったあとも活動が続いている点からは、単なる課題提出にとどまらない関心の深さがうかがえます。

さらに、福知山公立大学の学生による体験会や、高校生を対象にした体験型授業も実施されました。
和紙について学ぶだけでなく、実際に触れ、作り、伝える側に回る経験は、文化との距離を大きく縮めるものです。

和紙伝承館で行われているこれらの取り組みは、単に来館者数を増やすための施策ではありません。
体験を通じて人が集まり、世代を超えて関わりが生まれることで、文化が「残るもの」から「続いていくもの」へと変わっていく。
そのプロセスが、少しずつ形になり始めています。

数字が示す手応えと、これからの和紙伝承館

大江町和紙伝承館 近年の来館者数

年度202520242023202220212020
来館者数788936711734302371
手漉き体験数18347901046146

※2025年度については12月7日時点の数字
※年間開館:約120日(土日祝)

取り組みの変化は、数字にもはっきりと表れています。
紙漉き体験者数は、年度途中の時点ですでに前年度の約4倍に達し、来館者数も過去10年で最も多いペースで推移しています。
とくに目立つのが、高校生以下の来館者が増えている点です。

こうした結果は、体験メニューを増やしたことによる一時的な効果だけでは説明できません。
「自分で和紙を作ることができて楽しい」「体験してから展示を見ると、和紙づくりの凄さがより伝わる」といった声からは、来館者の滞在時間や満足度が確実に高まっていることがうかがえます。
和紙伝承館が、単に立ち寄る場所ではなく、時間をかけて向き合う場所へと変わりつつあることを示しています。

こうした成果を踏まえ、福知山市では、次の段階に向けた準備も進められています。
体験できる和紙のサイズや種類を増やすこと、和紙を使ったグッズの充実、展示内容のさらなる改善など、課題として見えてきた点を一つずつ解消していく考えです。
また、館内にとどまらず、他の施設と連携した出張体験など、新たな広がりも視野に入れています。

2025年度は「試してみる年」として、さまざまな挑戦が重ねられてきました。
そこで得られた反応や手応えをもとに、和紙伝承館は次の一歩を踏み出そうとしています。
伝統文化を守る場所でありながら、時代に合わせて形を変え、人を迎え入れる。
その姿勢そのものが、これからの地域文化の在り方を示しているようにも感じられます。

伝統を「守る」から、「開いてつなぐ」へ

和紙という文化は、完成した一枚の美しさだけで語られがちです。
けれど、その背景には、原料を育て、手を動かし、時間をかけて受け継がれてきた営みがあります。

大江町和紙伝承館で進められている取り組みは、その営みを特別なものとして囲い込むのではなく、体験を通じてひらいていこうとする試みです。
誰かに見せるための文化ではなく、自分の手で触れ、感じてもらう文化へ。
その姿勢が、体験者の増加や若い世代の参加という形で、少しずつ結果につながっています。

展示中心だった施設が、あらためて「人との距離」に向き合い、伝え方を見直したこと。
そして、行政、職人、学生、地域の人たちが関わり合いながら、次の形を模索していること。
それらは、和紙文化に限らず、地域の文化を未来につなぐためのひとつのヒントにもなりそうです。

文化は、残そうとするだけでは続きません。
誰かの記憶や体験として積み重なっていくことで、はじめて次の世代へと渡っていきます。
大江町和紙伝承館の取り組みは、その当たり前のようで難しいことに、丁寧に向き合っているように感じられます。


大江町和紙伝承館 概要

京都府福知山市大江町にある和紙文化の拠点。
京都府指定無形文化財・丹後二俣紙の歴史や製法を伝える展示に加え、手漉き和紙体験を通じて、和紙文化を身近に感じられる施設です。

URL:https://www.city.fukuchiyama.lg.jp/soshiki/65/2021.html